04 − 逃げねばならない、それしかなかった

津島地区の民家に貼られていた家主のメッセージ(2013.2.21) 見ず知らずの避難者を受け入れる 2011年3月14日。浪江町津島地区の住民や避難民らは、浪江町役場の災害対策本部が同地区へ移ってから3度目となる夜を迎え...

03 − 津島へ走れ

人の姿が消えた津島地区。この日、雪が残る国道114号を歩く犬を見かけた。飼い主とはぐれたか、置いて行かれたのだろうか。呼んでもこちらに来ることはなかった(2013.2.21) 生乳を1週間ほど廃棄してもらうかもしれない ...

02 − 悲鳴のような鳴き声を聞くのが辛かった

日没後、JR常磐線・浪江駅近くの陸橋から市街地を望んだ。街灯以外の明かりはなく、無人となった町を暗闇が覆っていた(2011.4.20) 大気中の放出された放射性物質 2011年3月13日。東京電力福島第一発電所では前日に...

01 − 原発が危ないなんて思いもしなかった

浪江町の中心部。倒壊した家屋が地震の激しさを物語っていた(2011.4.20) 酪農で先祖代々の土地を守ってきた 2011年3月11日午後2時46分、宮城県牡鹿半島沖合を震源とするマグニチュード9.0の巨大地震が発生。 ...

白い涙〜牛と酪農家の叫び

  01 − 原発が危ないなんて思いもしなかった 02 − 悲鳴のような鳴き声を聞くのが辛かった 03 − 津島へ走れ 04 − 逃げねばならない、それしかなかった 05 − 牛、生きているから戻ってこないか ...

泡盛の香りに

– 2017.6.25 – 友人から古い50CCのスクーターを貸してもらい、沖縄本島南部にある県営平和祈念公園の「平和の礎」へ出かけた。 本島南部に点在している戦跡は何度か訪ねたことがあった。 だ...

二度失われる故郷のこと

– 2017.3.25 – 4年前の今日、福島県大熊町から会津若松市へ避難しているふたりの女性と一緒に彼女たちの自宅へ出かけました。 月に一度しか許可されない一時帰宅への同行。 彼女たちとは少し前...

骨のかけらと故郷への思い

– 2017.3.10 – 長崎県が計画を進めている石木ダム事業の是非を巡る議論は、右や左といったイデオロギーとは無縁のもので、計画に反対している住民の思いは党利党略とはかけ離れたものです。社会情...

抗議文提出の報道記事をまとめました

– 2016.12.27 – 長崎県知事への抗議文提出から一夜が明けました。 昨日の夕方には地元テレビ局である「NBC長崎放送」のローカルニュース枠で、事実関係だけでなく抗議文提出に至る私の思いな...