ひとりの写真家として、長崎県知事に抗議文を出しました。

2016年12月26日、午前10時に長崎県川棚町にある「石木ダム建設事務所」を訪ね、長崎県知事に対してひとりの写真家として抗議文を提出しました。

抗議文は同事務所次長が受け取り、複数のマスメディアが抗議文提出を取材してくれました。記事になり次第こちらのブログでも紹介しますが、まずは事の経緯を記したいと思います。

拙著『石木川のほとりにて 13家族の物語(パタゴニア刊)』は、長崎県川棚町川原(こうばる)地区に暮らす13世帯とそのまわりにある自然環境などを約1年に渡って取材し、写真と文章でまとめたものです。

川原地区は長崎県が半世紀以上前に計画した石木ダム事業の水没予定地域ですが、全世帯が計画当初から石木ダム事業に反対し、現在もダムに関係する工事はほとんど着工されていません。しかし一方では、13世帯の家屋や土地などを強制収用する行政手続きが進められています。13世帯の人生を大きく左右する事業でありながら、石木ダム計画についての関心はけっして高いとは言えません。当事者である13世帯がダム計画に何を思い、故郷で生き続けようとするのは何故なのか、それら本音を知りたいと思ったのが取材をはじめるきっかけでした。拙著の出版は、石木ダムについての関心を深め、事業について議論するきっかけになることを願ってのことです。

今月20日。継続取材のために川原地区を訪ねた際、長崎県が長崎地裁佐世保支部に提出した「通行妨害禁止仮処分命令申立書」の証拠書類に拙著の写真が使われている事実を、地元に暮らす方の指摘で初めて知りました。

「通行妨害禁止仮処分命令申立書」とは、石木ダムの付け替え県道工事の現場出入口付近での抗議活動者に対して長崎県が一方的に〝妨害者〟と決めつけて人物を特定し、現場から排除する目的で申し立てているものです。

〝妨害者〟と長崎県から名指しされた方から「(通行妨害禁止仮処分命令申立書の)証拠書類に(拙著掲載の)写真があるけれど、使用を承諾したのか」と問われ、事の深刻さに気づきました。証拠採用にあたっては、事前に長崎県からの使用確認はありませんでした。

書類を確認すると、長崎県が2016年10月28日に長崎地方裁判所佐世保支部へ提出した「通行妨害禁止仮処分命令申立書」の証拠書類に、拙著掲載の写真が計4枚使用され、5名の人物特定をする目的で私の写真が使われていました。一連の書類が〝妨害者〟とされた方々へ送付されたのは12月上旬です。

※上記は証拠書類の一部です。拙著の写真が〝妨害者〟と名指しされた方と同一であるか定かではありませんが、被写体のプライバシーに配慮し、書類に記載されている氏名をモザイク処理しています。

2014年にも同様の仮処分が工事に反対の声を上げる地権者などに申し立てられましたが、この時は全員が素顔だったため、長崎県は人物特定をする必要が生じていません。

仮処分が認められると〝妨害者〟とされた者は現場出入口付近での抗議活動に制限が課せられることから、この最初の申し立て以降、工事現場出入口付近で石木ダムの反対活動する者は人物特定を避ける目的で、マスクやサングラスなどで顔を隠さざる得ない状況となっています。

石木ダムに反対し続けている地権者(支援者含む)は「抗議活動は暮らしを守るための行為であり、付け替え県道工事を認めることは故郷を水の底に沈めることにつながる」と話しています。けっしてやましい思いから顔を隠しているのではなく、県側の姿勢からそうせざる得ないのが実情なのです。

「故郷を守りたい」「この土地でいつまでも暮らし続けたい」

このような思いから抗議活動をせざる得ない人たちの気持ちや考えを尊重し、私はこれまで取材活動を続けてきました。

地権者や支援者が工事現場出入口付近で抗議の声を上げることは川原地区で暮らし続けるためにやむえない行為だということも、取材を通して知りました。

石木ダム事業の是非を今回この場で問うことはしませんが、私の意図や思いを無視したかたちで、拙著の写真を長崎県が使ったことに対して、激しく憤っています。

私自身の仕事、被写体になっていただいた方々との信頼関係、すべてを否定された気持ちです。 そしてまた強い怒りを覚える一方で、私の意思とは関係なく人物特定に加担(協力)した事実に、撮影者としての責任も感じています。

長崎県は私が撮影した写真の証拠採用を「問題なし」と判断したようですが、著作権法113条6項は『著作者の名誉または声望を害する方法によりその著作物を利用する行為は、 著作者人格権を害する行為とみなす』としています。

著作者の人格権を侵害する行為は、道義的、倫理的にも、公正を律する立場にある行政機関として許されるのでしょうか?

今回のことは私だけの問題ではありません。複数のマスメディアが抗議文提出を取材したのは、同じような問題意識を持ったからだと思っています。今後もこのようなことがまかり通れば、新聞社やテレビ局、写真家やフリージャーナリストらが撮影した写真が、著作権保有者の意思に関係なく被写体の不利益になるかもしれないのです。

写真を撮ることが私の生業になってから、20年弱が過ぎました。

写真家は信用が財産です。

写真はシャッターを押しさせすれば、狙った(欲しい)絵が撮れるとは限りません。ましてや被写体になっていただいた方の日常をありのまま写すとなると、撮影者と被写体との信頼関係が欠かせないと、私は考えています。

信頼関係を築く方法はひとつではなく、撮影者によって様々あると思います。私はとにかく時間を掛け、焦らずに何度も通い、誠実に対応することで、信頼関係を築いています。肩書きのない私が、被写体のしぜんな姿を撮影し、本音を話していただくには、そういった地道な姿勢が大切だと思っているからです。

長崎県による今回の行為では「裏切る可能性があるカメラマン」のレッテルが貼られる恐れを正直感じました。 もしそのような印象が持たれた場合、今後の表現活動に深刻な影響を与えるでしょう。私の信用を著しく傷つけるもので、到底容認することはできません。

私の力は無力かもしれませんが、被写体になっていただいた方々を守る責任があります。

悩んだ末、表現行為に携わる者として長崎県に対して抗議の意思を示し、証拠書類から私が撮影した写真の削除を求めることを判断しました。

本日提出した抗議文は、そんな私の意志表明でもあります。

抗議文と合わせ、以下の質問書も提出しました。長崎県から回答があり次第、ブログに掲載いたします。


質問1)

拙著『石木川のほとりにて 13家族の物語』掲載の写真を裁判資料に利用することになった経緯、判断に関わった担当者名と所属部門、判断理由、使用の必要性と許容性-他の手段がなかったかについて、当方が納得できる説明を要望します。

質問2)

裁判の証拠書類には、拙著に氏名が記載されていない方々の写真も使用されています。名前の確認はどのように行ったのでしょうか?証拠としての意味はないはずですが、あえて拙著の写真を裁判の証拠とした理由は何故でしょうか?

質問3)

拙著掲載の写真を証拠として使用することについて、著者の出版意図に反するとは考えなかったのでしょうか?

質問4)

当該著作物を証拠として使用するに当たり、著者の同意を求めるべきとは考えなかったでしょうか?

質問5)

裁判手続きのために必要と認め、著作権者の利益を不当に害することとならないとの判断をされた根拠、当該著作物の複製が必要不可欠で、代替手段がなかったのであれば、その事情についての説明を求めます。

回答は抗議文提出日から1カ月以内と記しました。


ひとりでも多くの方がこの問題に関心を持って下さることを願っています。

2016年12月26日

※ 抗議文提出を複数のメディアが取り上げてくれました。