18 − 前を向いて歩み出した人たち

佐藤克芳さんの牛舎脇に立つ牛魂碑(2013.4.1) 酪農家、組合員による乳牛慰霊祭 東日本大震災から3年を迎える日の前日。福島県浪江町立野で酪農を営んできた佐藤克芳さん(67)の牛舎脇で、東京電力(株)福島第一原発事故...

17 − 放射性物質不検出を目指す

原乳と飼料の検査には同一メーカーの放射性物質測定器が使われている。牧草の収穫が始まると保有している測定器だけでは対応できないため、複数台をリース運用して検査を行っている(2014.4.14) 高精度の放射性物質検出器で原...

16 − 検査の継続と情報公開で信用回復に努める

酪王乳業の本社工場。中庭には福島県を代表する「酪王牛乳」と「酪王カフェオレ」のモニュメントが並ぶ(2014.4.10) 商品を支援物資として住民に配布 酪農乳業(株)は福島県酪農業協同組合の乳製品製造・販売部門を分離し、...

15 − 村民が不安に思う中、仮焼却施設が稼動

国が進める中間貯蔵施設は福島第一原発を取り囲むように計画させている(2013.3.16) 「安心」と太鼓判された施設での事故 福島県鮫川村は東京電力(株)福島第一原発の事故後、県内外から注視される存在となった。環境省がこ...

14 − 行き場を失った廃棄物の処分進展せず

菅野伸一さんが自宅近くの仮置き場を案内してくれた。もともとは畑だったが、地区内の除染廃棄物などを一時保管する場に造成。仮置き場が見つからない地区は除染作業が遅れがちだ(2012.11.28) 給餌を禁じられた飼料は放置せ...

13 − 大規模な廃棄物問題も引き起こした原発事故

加美町が保有する放牧場を造成して用意いた牧草ロールの集積場。周辺に人家がないことから、この場所が選ばれたという。あくまでも「仮」であり、先の見通しは立っていない。 規制値を超えた飼料作物が行き場を失う 東京電力(株)福島...

12 − 3ヶ月ぶりの集乳車

川内村と隣接する富岡町。無人となった町中をイノシシが歩いていた(2013.11.1) 牛舎に広がる光景に言葉を失う 東京電力(株)福島第一原発の事故後、川内村は隣接する富岡町から避難してきた住民と共に郡山市へ全村避難する...

11 − 全村避難となった川内村に牛と残る

富岡町と川内村を結ぶ県道36号から福島第一原発を望む。富岡町が川内村を避難先としたのは、町の南北に原発がある立地から西へ行くしかないとの判断が大きかった(2013.11.1) 大渋滞のなか、富岡町民は川内村へ避難 東京電...

10 − 津島から酪農家と乳牛がいなくなった日

浪江町津島地区から乳牛が運ばれた。人もまた牛と同じく離ればなれとなり、それぞれの地で避難生活を送ることとなった(2011.5.27) 桜が咲いたことも気づかなかった 5月6日。福島県各地から70名ほどの酪農家が郡山市内に...

09 − 復興とは、一体なんなのだろう

浪江駅前の新聞販売店には東日本大震災発生を報じる新聞が配達されずに積まれていた(2013.4.11) 警戒区域は3つの区域に再編 2013年5月28日午前0時。東京電力(株)福島第一原発の事故からおよそ2年2ヶ月ぶりに同...