7年8ヵ月ぶりの知事訪問から

– 2022.4.28 –

長崎県の大石賢吾(おおいし けんご)知事が今月20日に石木ダムの建設地である川棚町川原(こうばる)地区を訪れ、地元住民の案内で石木川のほとりを約1時間ほど歩いて視察した。

大石氏は今年2月20日に投開票された県知事選挙で4期目を目指していた現職の中村法道(なかむら ほうどう)氏と新人の宮沢由彦氏を破って全国最年少の知事となったばかりで、川原地区に足を運ぶのは今回で2度目となる。
県知事選挙に出馬した大石氏は日本維新の会と自民党長崎県連の推薦を受け、39才という年齢と医師という経歴をアピール。世代交代を強く訴えて現職との違いを強調し、中村氏とわずか541票差で初当選となった。
全国的には自民党支持者らが中村・大石の両陣営に分裂したことが注目されたが、石木ダム問題が初めて争点として加わった選挙戦でもあった。
大石氏は自身の選挙チラシに『石木ダム早期完成実現』と記していたが、候補者討論会などでは話し合いでの解決を訴え、現地に直接足を運ぶ姿勢をみせていた。
その言葉通り、大石氏は知事就任直後の3月10日に川原地区を訪れ、石木ダムに反対する地元住民と初めて面会した。
県知事が石木ダム建設地を訪ねるのは2014年7月以来7年8ヵ月ぶりのことで、住民は新しい知事に自然体で接し、期待を込めて出迎えた。
大石知事の現地滞在は就任挨拶という名目で5分にも満たなかったが、住民のひとりである岩下すみ子さんが「ぜひ歩いて見てほしい」と声を掛けたことが、今回の再訪に繋がった。

長崎新聞(※1)によると、大石知事はこの面会時に「大変な思いをさせ心苦しく思う。一緒に解決できるよう話し合いに向け調整したい」と住民に話し、対話の機会を約束している。

大石知事が川原地区を再訪した4月20日は、汗ばむほどの好天に恵まれ、朝から青空が広がった。

大石知事は午後2時過ぎに川原地区へやってくると聞いていたので、知事が来訪するまでの間、石木ダムの付け替え道路工事を阻止するための座り込み現場に立ち寄った。
この場所での座り込みは主に川原地区に暮らす女性陣や川棚町や佐世保市に在住する支援者らによって続けられ、男性陣は別のダム本体予定地近くで座り込みをしている。
工事現場脇に張られたテントを覗くと、岩下すみ子さんが知事に説明する内容を女性陣と相談し合っており、段取りの確認をしていた。
今回の知事訪問では「川原地区の自然環境や住民たちの素顔を大石知事に知ってもらうこと」に力点を置き、「努めて明るく接する」つもりだと、すみ子さんが教えてくれた。
「前回の面会は和やかな雰囲気で、お互いが話しやすかった。だから今回も、大石氏がダム計画推進の立場だとしても、同じようにする」とのことだった。

– 座り込みのテントで相談する川原地区の女性たち。右端が岩下すみ子さん –
– 「話すことを忘れない」ようにと、すみ子さんが事前に用意したシナリオ –


午後2時過ぎ、石木ダム建設事務所長らに案内され、大石知事が石木川と中ノ川内川の合流点に到着。
出迎えた住民は10人で、全員が川原地区で暮らしている。男性は岩下すみ子さんの夫である和雄(かずお)さんのみで、女性たちはお揃いのウィンドブレーカーと帽子で知事を歓迎した。
大石知事は車から降りると住民がいる場所へ走って向かい、足を止めると深々と頭を下げた。
「川原地区を見せていただけると言うことで、本当にありがたく思っております。本日はよろしくお願いします」
集まった住民も同じように頭を下げ、知事の現地視察が始まった。

– 川原地区を訪れた大石知事。車から降りると住民の元へ走って向かった –
– 大石知事は石木川上流から川原地区を見てまわった –


川原地区の住民は所々で足を止め、石木川のほとりに広がる豊かな自然について大石知事に語りかけた。
大石知事は頷きながら耳を傾け、手元のノートにメモをとることもあった。
すみ子さんは拙書『石木川のほとりにて〜13家族の物語(2016年、パタゴニア刊)』のページをめくっては、ゲンジボタルが飛び交い、子どもたちの遊び場になっている石木川の素晴らしさを訴えた。
川原公民館前では知事から郷土料理について尋ねられ、住民の川原房枝(かわはら ふさえ)さんがゼンマイなどの山菜料理について説明した。
大石知事は子ども時代に育った五島市での思い出を披露し「つわ(ツワブキ)はよく採っとったんですけれどね。五島でですね」と笑顔で答え、食べものに関する話題で会話が弾んだ。

和雄さんが「もしダムができるとね(石木川でゲンジボタルがよく見られる)一番良いところが無くなってしまう。計画から60年くらい経っているんです。本当に必要か話し合いをして下さいと私たちは望んでいるんです。今日(川原地区を)見られてですね、その上で話し合いをしてください」と、知事にお願いする場面もあった。
大石知事は和雄さんのこの訴えに「ありがとうございます」と答え、古くなった公民館をクラウドファンディングの支援金で補修したことをすみ子さんが説明すると「大切な場所ですね」と相づちを打った。

– 大石知事は1時間かけて川原地区を1.7キロほど歩き、住民の説明に耳を傾けた –
– 写真集を見せながら説明するすみ子さん。右端の女性は岩永みゆきさん –


大石知事が川原地区を再訪した日は、81才で亡くなった岩永サカエさんの一周忌でもあった。
畑仕事が大好きだったサカエさんは、亡くなる最後まで石木ダム計画に反対し、県が一方的に農地や自宅の土地を強制収用したことに憤っていた。
サカエさんにとって畑は気持ちを穏やかにしてくれる場所であり、土を耕し、作物を育てる行為は、権力に対する抵抗の証でもあった。
いまもサカエさんの自宅壁には『ダムの底より今の故郷』というメッセージが書かれている。
サカエさんのひとり娘である岩永みゆきさんはこの日、自宅前で亡き母について語り、ここでの暮らしが続くことを大石知事に訴えた。

– 石木川の飛び石を渡る大石知事と岩下すみ子さん –


予定されていた行程の終盤、大石知事が川原地区の墓地へ行くことを提案した。
この墓地には現在、川原地区全13世帯のうち10世帯の墓石があり、住民の手によって維持管理されている。
住民は突然の提案に驚きつつも、墓参りをさせて欲しいという知事の気持ちを歓迎した。

墓地へと向かう急な上り坂では、遅れまいと肩で息をしながら歩くすみ子さんを知事が「大丈夫ですか」と気遣う場面があった。
すみ子さんは2年前に左右の股関節を人工関節にする手術を終えたばかりで、それでも知事と同じペースで歩き続けていた。
1時間という短い間ではあったが、一緒に歩きながら言葉を交わし合ったことで、現場は和やかな空気が漂っていた。

– 墓地脇で手を合わせる大石知事(住民が撮影した映像から)-


複数の墓地を見上げる場所に到着した大石知事はポケットから線香とライターを取り出し、しゃがんだ姿勢のまましばらく手を合わせた。
知事の行動を見守っていた女性たちも同じように手を合わせ、揃ってお経を唱えた。
そしてお参りを終えた知事に「ありがとうございます」と口々に感謝の言葉を述べた。

川原地区に暮らす男性のひとりは大石知事が墓参りしたことを知り「パフォーマンス」だと口にした。
事前に線香を用意していたことから「墓参りすれば住民の信頼を得られると思ったのだろうか」と大石知事の行動を訝り、素直に受け止めてはいないようだった。
このような気持ちで知事の視察をみている住民は、ほかにもいる。

2年半前の2019年9月には川原地区の住民が総出で県庁へ出かけ、中村法道知事と5年ぶりに面会し、それぞれの思いを訴えたことがあった。
面会日の9月19日は強制収用手続きの土地明け渡し期限で、この日の24時をもって川原地区全13世帯の土地が事務的な登記手続きのみで国へと所有権が移されることが決まっていた。
子どもたちまでもが一人の住民として知事と向き合い、最後には全員で知事や県職員に頭を下げて強制収用の見直しを求めた。
内心は知事の姿勢に憤っていたと思うが、それでも住民たちは声を荒げることもなく、冷静に思いを伝えていた。
しかし面会を終えた中村知事は直後のぶら下がり会見で、記者の質問に「事業全体を進めていく必要があるということを改めて感じた」とコメント。
帰宅後にテレビニュースでこの発言を聞いた住民たちは知事の態度に失望し、怒りを隠さなかった。

これまでの県の姿勢を考えると、住民が不信感を抱くのは仕方ないことだと言える。
なので、大石知事の行動を「パフォーマンス」と思う気持ちは十分理解できる。
しかし、住民の多くが大石知事の登場に期待をしているのも確かだ。

大石知事を墓地に案内し、間近で接したすみ子さんは「(墓参りしたいという)気持ちがあるから行動されたのだと思う。ここで亡くなった人たちに手を合わせてくれたのは嬉しか。ありがたいと思ってます」と、パフォーマンスという考えを否定している。
そして「川原に来てくれ、話しを聞いてくれたことがとても嬉しか」と話す。
一諸に歩いた女性たちもすみ子さんと同じような思いを抱いていた。

飛び石で石木川を渡る際、すみ子さんは大石知事から「水が綺麗かですね」と声を掛けられたという。
このような言葉を住民に話し掛ける知事は、残念ながらこれまで居なかった。
歴代の知事は県職員に命じるだけで、計画地やそこに暮らす住民に関心を払ってこなかったのだ。

すみ子さんはこの日の知事訪問を「利水や治水についての見直しを検討する場をつくって欲しいという会話がしぜんと出るような雰囲気だった」とふり返っている。
大石知事の本心は最後までわからなかったが、そのことは気にならないと言う。
住民の顔や言葉が知事の脳裏に残ってくれれば、まずはそれだけで十分だと思っているのだ。
そして、いまは希望の光が少しでも欲しいと打ち明けてくれた。

「毎日、座り込みをせんばいけん。冷たい雨が降るときも、暑いときも。(ダム計画があるから)自由に時間を使うこともできない。長い間には身も心もズタズタになるようなことがあり、そんなことをここでは積み重ねてきた。だから希望の光が少しでも欲しい。知事が代わったのは、私たちにはわずかな光たいね。光がないとやってられない。今回の訪問では、事前に考えていたことがすべて言えた。もし(知事に)裏切られたときは、その時に対応を考えればよか。これまでそうやってここで生きてきたから」

大石氏は知事になる前、千葉大学精神神経科特任助教時代に朝日新聞社のネットメディア『アエラドット』でコラム(※2)を1年間担当している。
内容は専門である精神疾患に関する話題が中心で、連載最後のコラム(2020年2月20日)ではこのような言葉を綴っている。

精神科医療に限ったことではありませんが、患者と家族に寄り添い、問題をしっかり把握、評価したうえで、適切な診断、治療の要否などを説明・協議すること。また、場合に応じて必要な情報(源)を提供することは、われわれ医療者が担うべきところだと思います。

https://dot.asahi.com/dot/2020021300090.html?page=2

患者さんのことを思い支援する人が本当の支援者であるために、(しつこいですが自戒の念として)医療者が信頼される良き医療者であるために、得た情報の検証と学び続けることが重要なのだと思います。

https://dot.asahi.com/dot/2020021300090.html?page=3


大石氏はこのコラムで医療者として患者に向き合う姿勢を書いているが、知事という仕事もそう変わらないと思う。
県民に寄り添い、問題や課題をしっかりと把握し、評価することは知事として大切な姿勢だ。
そのためには適切な判断ができるための情報を揃え、関係する当事者たちと丁寧な協議をすることが望ましい。
県民に信頼されるためにも、得た情報の検証と学び続けることは、知事職であっても重要なのだと思う。


約1時間かけての知事視察は混乱もなく終わった。
和雄さんは最後に「早い時期に工事をいったん中断して、話し合いをする機会を設けてください。工事を止めてくれなければ、私たちも十分準備して安心して知事と話しができない。よろしくお願いします」と知事に思いを伝えた。
大石知事は「今日は土地を歩かせていただいて本当にありがとうございました。みなさまが守ろうとされている土地が本当に綺麗なもので、みなさまの思いも改めて認識したところです。次はみなさまのお話も、中断の話しもですね、含めて、お話をしっかり聞く場をぜひ設けたいと思っています」と応じた。

2回目となる今回の現地視察でも、大石知事の口からダム計画の今後を語られることはなかった。
それでもこの地域に暮らす住民は望みを捨てず、新しい知事に期待している。
医師として患者に寄り添った経験のある大石氏だからこそ、不合理な計画を直視し、正しい判断を下してくれると信じているのだ。

大石県政は、はじまったばかり。私自身も今後の舵取りに心から期待している。

※1)長崎新聞-大石知事「話し合いに向け調整したい」石木ダム反対住民と面会(2022.4.21)

※2)アエラドットでのコラム一覧