石木川のほとりで絵を描く

– 2021.6.29 –

— 石木川のほとりで絵を描く〜石丸穂澄さん —


長崎県川棚町を流れる石木川には、半世紀前に計画された県営石木ダム事業によって立ち退きを迫られている住民がいます。
みんなから〝ほーちゃん〟と呼ばれている石丸穂澄(いしまるほずみ)さんも、そのひとりです。

ほーちゃんが暮らしている川原(こうばる)集落には、現在13世帯が生活しています。
しかし長崎県は2019年9月、全世帯の土地を強制収用する手続きを進め、水没予定地となっている13世帯に対して住居の明け渡しを求めています。
石丸家を含む13世帯は補償金を受け取らず、強制収用は一方的だとして立ち退きを拒否し、石木川のほとりで将来に渡って暮らせる未来を望んでいます。

ほーちゃんは石丸家の3人きょうだいの末っ子として生まれ、現在は両親と3人で暮らしながら、その時々の出来事をイラストや絵で発信しています。

ほーちゃんが描く絵は故郷の自然や生きものなど何気ない日常がモチーフで、誰もが親しみやすくて優しさやあたたかさに溢れていますが、実際は「描く楽しさよりも生み出す辛さが勝り、心身が不調なときは数週間も絵から離れる」と言います。
それでも自分の心のなかにある〝よくわからないモヤモヤとしたもの〟を昇華し、自分を納得させるために絵と向き合っているのだと教えてくれました。

石木ダム計画についての考えを尋ねると、ほーちゃんは「私はここでしか生きられない。行くところがないから」と、困ったような表情で答えています。
心の病から、ほかの地域で暮らす選択はかなり厳しいというのです。
可能ならばもっと自由に外へ出かけたいと、ほーちゃんは思い続けています。
しかしそう思う一方で、子どもの時から慣れ親しみ、自然や環境がほとんど変わっていないこの場所だからこそ、安心して生活できているのだと、ほーちゃんは自身の病を受け入れています。


ほーちゃんもダム計画には反対です。
反対するのは、病だけが理由ではありません。
社会情勢の変化で必要性がなくなった計画であり、石木川の自然を守りたいことも大きな理由です。
しかし「反対という言葉は使いたくない」と言います。
その気持ちの表れとして、最近の絵には「Yes.Ishiki River」という文字が書き加えられています。
ほーちゃんにとって「Yes」は全肯定の意味であり、手つかずのそのまんまという意味でもあるのです。

「〝反対運動〟であっても、自分らしさを忘れないでいたい」

無関心であり続ける社会に対して、ほーちゃんは絵を通して石木川のほとりで起きている日常を伝えています。
それは、ほーちゃんにしかできないことであり、地元目線の切実なメッセージでもあると私は思います。



石木川のほとりに暮らす住民の日常を記録した書籍『石木川のほとりにて〜13家族の物語(パタゴニア刊)』は、パタゴニアの公式ウェブショップサイトで購入可能です。